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崖っぷちからの階級変更。角田夏実の「後悔しない決断」の選び方

インタビュー #トップアスリートに学ぶ

崖っぷちからの階級変更。角田夏実の「後悔しない決断」の選び方

迫力ある柔道スタイルとは裏腹に、ふんわりと柔らかな雰囲気でオンライン取材に応じてくれた角田 夏実さん。

【トップアスリートに学ぶ「強さ」の理由|柔道選手編】
現状を打破し、新たな道を選び取る「決断力」。異分野の技術を貪欲に取り入れ、自らをアップデートし続ける「探究心」。そして、不安を自信に変える徹底した「準備力」。日本柔道史上最年長となる31歳11カ月で五輪を制した角田 夏実の実践知は、年齢や環境を言い訳にせず成長を続けるための最強の教科書だ。彼女の思考プロセスから、その揺るぎない「強さの正体」を学ぶ。

人生の重要な局面で、今の道を続けるべきか、リスクを取って新しい道へ進むべきかを悩むことは誰にでもある。

日本女子柔道界で遅咲きのヒロインとしてパリ五輪の頂点に立った角田 夏実さんもまた、かつてはその岐路に立ち、苦悩していた1人だ。

そんななか、東京五輪への代表争いが終盤に差し掛かった時期に彼女が選び取ったのは、過酷な減量を伴う「階級変更」という道。なぜ彼女はこれまで積み重ねてきたものを手放し、大きな決断ができたのか。

その思考法と覚悟、そしてその決断を「正解」にするためのプロセスについて話を聞いた。

「このままでは終われない」52kg級での限界と焦り

「角田 夏実」の名前が世界に轟く前、彼女は52kg級の選手として戦っていた。国内の実力者ではあったが、世界大会での優勝にはあと一歩届かない。東京五輪の代表争いでも後塵を拝していた。

2019年、52kg級を主戦場としていた頃の角田選手(写真左)。

「このまま52kg級で試合に出ても、東京五輪に出られないと分かっていました。その状態で来年また頑張れるのかな、楽しみがあるのかなって自問したとき、モチベーションがなくなってしまっていることに気付いたんです」(角田 夏実さん。以下同)。

勝てる見込みの薄い階級で続けるのか。それとも、何かを変えるのか。 彼女の中に生まれたのは、「このままなんとなく終わってしまうこと」への強烈な危機感だった。 

「やらない後悔」よりも「やって納得する失敗」を選ぶ

最終的に彼女が選んだのは、48kg級への転向。

武道や格闘技において、階級を下げることは単なるダイエットではない。筋肉量を維持したまま体重を落とすことは、パフォーマンスの低下や怪我のリスク、精神的な過酷さを伴う。何より年齢を重ねてからの減量は、若手選手以上の負担がかかる。

それでも彼女を突き動かしたものは何だったのか。

「52kg級のままで何も挑戦せずに終わるより、たとえ結果が出なくても、48kg級に挑戦したほうが納得できると思いました。『あのとき階級を下げていれば』と後々後悔するほうが辛いだろうなって」。

しかし、現実は甘くなかった。 48kg級に転向し、懸命な調整を続けたものの、東京五輪への切符にはあと一歩届かず……。

「東京五輪への出場が叶わなかったときは、本当にショックで。一度は引退も頭をよぎったのですが、今井 優子コーチのサポートもあって、もう少し頑張ってみようと思いました」。

コーチと共に再び前を向くことを決めた角田選手は、ここから驚異的な快進撃をみせ、2021年、2022年、2023年の世界柔道選手権で48kg級3連覇を達成する。

2023年5月に行われたドーハ世界柔道選手権大会では金メダルに輝いた。右は今井コーチ。

その実績が評価され、パリ五輪に向けた代表選考では、阿部一二三・詩兄妹らと共に、本番1年1カ月前という最速での内定を勝ち取った。

東京五輪を逃した彼女が、誰よりも早くパリ五輪への切符を手にした瞬間だった。

自分に合う減量方法をいかに見つけるか、が鍵

 48kg級での連覇は、並大抵の努力では維持できない。世界王者として君臨し続ける裏には、過酷な減量との戦いがあった。減量期には、「たくさん食べてしまい、減量に失敗してしまう……」という夢をみて、焦燥感で目覚めるといった極限状態が続いたこともあったという。

しかし、角田選手はこの苦しみを根性論ではなく、徹底した「分析」と「最適化」で乗り越えていく。

「トレーナーと相談しながら、自分にとって一番いい減量法を模索しました。一般的に減量といえば糖質制限ですが、私の場合は脂質を減らすほうが合っていた。自分にとっての『正解』を見極めながら減量をすすめていきました」。

世の中の常識を鵜呑みにせず、自分の身体からのフィードバックを重視する。 信頼するトレーナーと共に、対話を繰り返しながら導き出した「自分だけの正解」こそが、彼女の揺るぎない自信の拠り所となっていた。

「試合前は、よく周囲から『顔色が悪い』『唇が紫になっている』と心配されていました。どちらかというと痩せてきたというより『やつれている』感じ(笑)。

でも逆に『仕上がってきている証拠だな』と、その極限状態を楽しむようにしていました」。

期限があるからこそ頑張れると前向きに捉え、「大事な試合が終わったら旅行に行く!」など、具体的なご褒美を事前に決めることで、モチベーションを保って乗り切ったという。


不安やリスクを抱えながらも「後悔しない生き方」を選び、その決断を徹底した準備と実行力で「正解」へと変えていく。

角田選手が示したそのプロセスは、キャリアや人生の岐路に立ち、一歩踏み出せずにいる人にとって、最強の道しるべとなるはずだ。

お話を伺ったのは……

角田 夏実さん
小学2年生から柔道を始め、東京学芸大学在学中に全日本学生体重別選手権で優勝。2019年に48kg級へ転向後は世界選手権3連覇を達成。2024年パリ五輪では、得意の「巴投げ」と「関節技」を武器に、日本柔道史上最年長となる31歳11カ月で金メダルを獲得。現在は競技の枠を超え、柔道の魅力を広めるアイコンとして多方面で活躍中。

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文=SUGARBOY

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