20年前『遺品整理』という言葉はなかった。ベテランが語る業界の過去と未来
「遺品整理」の仕事を描いたドラマ『終幕のロンド』が話題だ。しかし、実際に「遺品整理士」という資格や仕事内容については、まだ十分に知られていない。
前編では、20代の若手遺品整理士2人に話を聞いた。2人が遺品整理士の道を選んだのは、ここ数年のこと。一方で、この業界には20年以上前から活動してきたベテランもいる。渡邉 高志さんもその1人。今回は、業界の黎明期を支えてきたベテランである渡邊さんに、20年以上「遺品整理士」として働いてきたなかで感じる環境や業界の変化、そして驚きのエピソードなどを聞いた。
お話を伺ったのは……
渡邉 高志さん
埼玉を拠点に遺品整理業を営む。お寺の若住職の手伝いをするうちに、20年前にこの世界へ。「遺品整理士」業界の黎明期から活動し、現在は5名のスタッフを抱える。
若住職の手伝いから始まった「遺品整理」
「20年前は『遺品整理』という言葉すらありませんでした」(以下、渡邊さん)。
そう語るのは、埼玉で遺品整理業を営む渡邉さん(40代)。もともとはお寺の若住職の手伝いをしていたという。
「仲の良かったお寺の若住職から、あるとき『手が空いているときに寺の仕事を手伝ってほしい』と声をかけられまして。ちょうど勤めていた会社を辞めたタイミングで、自分で何かやろうかなと悩んでいた時期でした」。
時間に余裕があったことから、お墓の掃除、境内の雑草抜きなどを手伝っているうちに、自然と檀家さんからも頼られる存在になっていった。
「高齢の檀家さんから『不要になったタンスを処分したいが、力を貸してほしい』、『亡くなった父の部屋を片付けられない』などと相談を受けるようになっていきました。最初は“不用品回収”という感覚でしたが、だんだんと“整理”という言葉の方がしっくりくるようになったんです」。
快く手伝ってくれる渡邊さんの存在は、檀家さんたちにとって心強かったのだろう。相談はどんどん増えていき、2006年に本格的に事業として不用品回収や遺品整理を請け負う会社を立ち上げた。
資格ができて、遺品整理士の基準が明確に
遺品整理士の資格制度ができたのは2010年。渡邉さんがこの仕事を始めて4年が経った頃だった。
「当時は、仕事としてのルールが曖昧で、業者によってやり方もバラバラでした。中には悪質な業者もいて、依頼主から預かったものを勝手に処分したり、現金を持ち帰ったりするケースも。だからこそ、資格制度ができたと聞いたときに“これで業界が変わる”と希望を感じました」。
資格取得のための勉強では、廃棄物処理法や個人情報保護法、供養の知識などを体系的に学ぶ。
「知識や技術だけでなく、モラルや心構えを重視している点が印象的でした。資格制度ができたことで、同じ基準のもとに仕事ができるようになり、業界全体で“あるべき遺品整理士の姿”が理解でき、目線を合わせられるようになったと思います。ルールやモラルが曖昧だった時代を経て、ようやく“遺品整理士という仕事”が明確になったと感じました」。
遺品は「ゴミであって、ゴミでない」
渡邉さんがこの20年で強く感じているのは、遺品整理という仕事の本質だ。
「私たちが扱っているものは、一般的には“不要品”であっても、お客様にとっては思い出そのもの。だから、捨てるかどうかの判断は慎重になります。私はいつも、“ゴミであって、ゴミでない”と自分に言い聞かせているんです」
遺品整理の仕事は、まず現場を確認して見積もりを出すことから始まる。作業当日は、遺品を1つひとつ確認しながら、「残すもの」「処分するもの」「供養が必要なもの」に仕分けていく。
実際の現場では、取り扱いに頭を悩ませる品々が出てくることも。特に難しいのは、母子手帳や位牌、遺影といった、多くの場合「形見として残す」と考えられてきたものの扱いだ。しかし、近年ではこうした品々についても「処分してほしい」と依頼されるケースが増えてきているのだそう。
「『全部処分してください』と言われても、依頼主ご本人の幼いころの写真が混ざっていることもある。悩んだときは一度持ち帰って、後日念のため確認してもらうようにしています」。
それでもやはり処分を希望されることも珍しくはない。
「想いがこもっていそうなものをそのまま捨てるのは抵抗があります。そんなときは、会社に保管しておき、数カ月に1回、合同で供養をしているんです。遺品を“処分する”ではなく、“送り出す”という感覚。供養の費用は会社負担になりますが、それでもいいんです。その姿勢が、信頼に繋がっていると思っています」。
現金が「いろんなところ」から出てくる⁉ 驚きの現場エピソード
こうした丁寧な対応を続けてきた20年のキャリアの中で、渡邉さんは驚きの場面に立ち会ってきた。
「現金は本当にいろんなところから出てきます。絨毯の下や布団の間、タンスの着物の下。このあたりは定番ですね。冷蔵庫の中に、通帳や印鑑が隠されていることも」。
なかでも、渡邊さんが最も驚いたエピソードを教えてくれた。
「古新聞がいっぱい積んである中に、紙袋が混ざっていたんです。開けてみたら、なんと1万円札の束が入っていて。金額にして1,000万円ありました(笑)」。
こうした思いがけない場面こそ、遺品整理士の腕の見せ所でもある。丁寧に1つひとつ確認するからこそ、こうした貴重品を見逃さずに済むからだ。
「依頼主から『通帳を探してほしい』『キャッシュカードを見つけてほしい』と頼まれることも多い。登記簿が見つからない、貸金庫の鍵がないという相談は、珍しくありません。これらの捜索も、私たちの大切な仕事です」。
また、発見された品物の中には、処分に困るものもある。
「古いお宅などでは、ときおり剥製が出てきたりもしますが、実はこれは普通には捨てられません。動物の死骸と同じ扱いなので、自治体に引き取ってもらう必要があるんです」。
このように、現場では想像が及ばない場所から、驚きのものが出てくることも少なくない。さらに、個人では処理のルールも見落としやすく、感情の整理も追いつかない。だからこそ、専門家の力を借りることが、故人の想いを正しく送り出すための一番の近道といえるだろう。
協会の存在が、業界の質を守る
近年、資格取得者が増える中、渡邉さんは「遺品整理士」の資格の意義を強く感じている。
「例えばですが前述のように、遺品整理をしている中で、現金や貴重品が意外なところから見つかることはよくあることです。誰もいない現場でお客様が知らない現金が見つかったとき、黙っていれば分からないでしょう。でも、それを隠してしまったら、それは悪徳業者と変わりません」と力強く語る。
「私たちは、お客様だけでなく、故人の所持品にも正直に、真面目に向き合う必要があります。この姿勢を正しく保ち続けられるのは、資格取得時の学び。そして、取得後も折に触れ、遺品整理士認定協会側とやり取りしたり、勉強会に参加しているからです。これが資格取得の最大の効果だと感じています」。
現在、遺品整理士の資格取得者は4万人を超えている。
「毎年コンスタントに増えていて、うれしいですね。数は力です。これだけ資格取得者がいれば、一般廃棄物の収集運搬許可を遺品整理士にも認めてもらえる日が来るかもしれない」。
現状、家庭ゴミを処分するには市区町村が認可した業者への依頼が必要で、遺品整理士は仕分けまでを担当することが多い。もし遺品整理士が直接処分まで行えるようになれば、依頼主の手間も費用も軽減されるのだ。
空き家の増加や高齢化が進む中で、遺品整理士の役割は広がるばかり。
「これからは“片付け屋”じゃなく、“暮らしの終い方を整える専門家”として、社会の中でしっかり位置付けられていくと思います」。
これから遺品整理士を目指す人へ
現在、渡邉さんの会社では5名のスタッフが働いており、そのうち3名は女性。特筆すべきは、全員が「遺品整理士」の資格を取得している点だ。
彼らの前職はタクシーの運転手や印刷工場の作業員、墓石の営業など、実にさまざま。「40代でキャリアチェンジするのも、決して遅くない」と渡邉さんは断言する。女性スタッフへの需要も高まっているという。
「特に依頼主が女性の場合、同性である女性スタッフの方が安心される傾向があります。もちろん、男性スタッフであっても、そうした細やかな気配りができる方は、この仕事に向いていると思います」。
最後に、これから遺品整理士を目指す人へのメッセージを聞いた。
「大切なのは、気持ちです。遺品整理士という仕事は、誰かの苦しい瞬間に寄り添う仕事。お客様に対して真摯に対応する、遺品を丁寧に扱う。その気持ちがないと、この仕事はできません。
お客様から直接『ありがとう』と感謝の言葉をいただける。さらに、ご遺族が安堵や感謝の気持ちで涙を流して喜んでくださる。私たち遺品整理士は、そんな人生の特別な瞬間に立ち会える、他に類を見ない仕事だと感じています」。
渡邉さんは少し笑って、こう続けた。
「20年前は、ただ“頼まれた片付けをする仕事”でした。でも今は、“信頼されて頼まれる仕事”になった。遺族の想いを任せてもらえるようになったことが、いちばん大きな変化ですね。その信頼を守っていくのが、私たちベテランの役割だと思っています」。
故人の想いを受け取り、次へと繋ぐ。その姿勢を支えてきたのが「遺品整理士」という資格なのだろう。
超高齢社会を迎える日本で、その存在はこれからさらに大きくなっていくに違いない。
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文=かたおか 由衣
イラスト=めい




